9.11
9月11日ですね。

私はそのとき、正直なところ、アメリカにも「反省」という概念が出てくるかと思っていました。たしかに甘い考え方かもしれません。しかし、犯行の主体がビンラーディンにしろ誰にしろ、その全容解明には相当な時間がかかると思っていましたし、その間には、なぜそうなったかという議論も起こるだろうと考えていました。また、たとえ唯一無二のスーパーパワーであるアメリカにどの国も逆らえない状況とはいえ、アメリカにはいない犯人を見つけだすのに他国との協調も必要になります。

しかし、そうはならなかった。「テロに対する戦争」という概念が発明され、アフガニスタンにいると思われる犯人を見つけだすのに、アフガニスタンに住む人々はどれだけ犠牲になってもよいことになってしまいました。もしビンラーディンが東京にいたらどうなっていたでしょうか。東京は攻撃できませんか? 沖縄だったらどうですか?

国連は機能しませんでした。アメリカが攻撃したいと思ったら、国連にわざわざ承認を求める必要はないことを示したのです。証拠も要りません。ただ「テロリストにつくか、われわれにつくか」という選択肢が提示されただけ。「我々」というのがどういうものかということを吟味もせず、日本はこのジャイアン側につくことにしたのです。

ソ連が崩壊して、アメリカのみがスーパーパワーになったとき、一瞬暗い未来を予見しました。しかしすぐに、いやいやアメリカは違う、これまで正義の旗のもとに行動してきたのに、その舌の根も乾かないうちに悪の帝国になれる訳がない、と自分の中で否定しました。それも甘い期待でしかありませんでした。

今後期待はあるのでしょうか。アメリカはアメリカ国民しか変えることはできません。マイケルムーアが反ブッシュの運動を行っています。これはかなり効果は持っていると思いますが、ブッシュの代わりはケリーです。同じ穴のムジナです。「戦争をしたいからするのではなく、必要だからする」って、2つの間に違いはありません。

まだ夢想的なことをいうと、日本こそ世界を平和に導けるポジションと資格と力を持ち合わせていると考えています。日本が世界のリーダーになるビジョンを掲げ、日本人の誇りを訴える指導者が出てくると、世の中を変えられると思うのです。

論理の飛躍のある荒っぽい文章ですね。また少しずつ補足して行くかもしれません。

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瀬戸智子の枕草子 (瀬戸智子さん) あれから僕たちは何かを信じて来れたかな?
Sofia_SS (ソフィアさん) 911
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by yoshihiroueda | 2004-09-11 15:42 | 平和への祈り
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