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ブログの役割
みなさん、おはようございます。Tim Berners-Leeです(I'm just kidding)。

HotWiredに次のような記事がありました。上下2つあります。
見直される「市民の声」としてのブログ(上)

このところ以下の皆さんの記事で、ブログの役割を考えさせられることが多くあったように思いますので、ちょっとタイムリーかと。
あざらしサラダさん【ライブドアの「参加型ジャーナリズム」は成功するか(2)】
  もちろん(1)もあるし、周辺にたくさん考察があります。
Tomorrow's Way (yodaway2さん)ニュースを書き留めることについて、ちょっと考えてみた。
For Future Reference (Naotaka Uzawaさん) 出来事の意図と効果

HotWiredの記事では、
「ブログ界は全体で1冊の巨大なピアレビュー誌なのだ」ということを結論にあげています。また、「これはメディアの民主化なのだ。」とも言っています。
・一人で書いているのではなく、相互にチェックし合っていることで事実に対する客観性は確保される。
・その分野の専門家が書いている(既存メディアは記者が話を聞いて記事を書く)。
・新聞など既存のメディアの情報操作の疑い。
・既存メディアへのリンクの多寡によりブロガー全体で既存メディアへの評価を行っている。

高く評価しすぎているきらいはありますが、ひとつひとつは納得のいく理由だと思います。ただ日本ではまだそこまで発展していないだけかもしれません。まだ私なんかのように専門家でない人も発言している状況ですが、そのうちもっと強い説得力を伴って記事にしてくれる人が多く現れ、私は読んでいるだけになるかと思います。

客観性に関しては、森田実がよく批判しています。例えば、2004.9.1の記事では、政界の無気力=批判/議論しないことを批判していますが、その眼はマスコミにも向けられています。
「多くの政治家がおそれているのは、小泉首相本人の報復力というより、小泉首相を支援しているマスコミなのです。」
「小泉首相を批判する政治家は抵抗勢力のレッテルを貼られ叩かれてきた。...今もあまり変わらない」
と書いています。ほかにも、オフレコ情報を溜め込むだけで外に出さないことなどを批判していました。

これは2chの話になりますが、鈴木敦史が「美しい日本の掲示板」(リンク先は梅田望夫の書評。ちょっと持ち上げすぎかも) の中で、マスコミの日和見主義 = 上位下達の機関であることに関して批判しています。やはりここでも既存のマスコミにない視点を提供しているといえます。

田中 宇は非米同盟の中で、多くのメディアを巡回してレポートをまとめる自分の役割に関して述べています。多くのブログは見方は既存のしがらみから独立している。一方、事実を自分で取材することはないが、その点は既存メディアの取材により確保されているとしています。これをみるとただ乗りにも見えますが、補完的な位置付けを担っているといっていいでしょう。

自分自身はジャーナリストの補完になろうとしている訳ではありませんし、その能力もありません。ただ、多くの声のひとつとして平和を、環境を、よりよい世界を求める声を書き綴っていきたいと思います。むしろ自己満足に近い。こんな自己満足に近いものに対して、コメントいただけたりしてうれしいです、ってこれが自己満足か。

あざらしサラダさんの記事は【ブログで建設的に議論する方法について考える(4)】がいろいろなところで引用されていることから知りました。皆さんありがとうございます。

追記: ジャーナリストとブロガーの関わり/関連に関して書かれた記事です。トラックバック追加しました。
徒然なる数学な日々(night_in_tunisiaさん) 見直した!!
週刊!木村剛(一日編集長 ネットは新聞を殺すのかblogのtsuruaki_yukawaさん) [ブロガー新聞] 新潟地震マスコミ批判騒動に見る「参加型ジャーナリズム」
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by yoshihiroueda | 2004-09-12 08:27 | カルチャー
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