長崎市長という仕事
長崎平和祈念式典に出て、長崎市長は(もちろん広島市長も)通常の市の運営のほかに、ナガサキの声を伝えるという役割を担う存在なんだということを改めて感じました。選挙でもそういう点が評価されているのだと思います。

長崎新聞に「非核の時代へ =伊藤市政の軌跡=」という連載がありました。
2004年 原爆・平和連載企画

これをみると、高い評価もある一方で多くの批判もあるようですね。私が感動した平和宣言も市長自らの筆によるものではなく、「起草委員会」の手によるものとのこと(広島は市長自ら)。荒削りでも良いので市長としての強い意志が反映されるほうが良いのではないかと思います。

市長と言えば、本島さんのことを思い出さざるを得ません。昭和天皇の戦争責任に関しての言及で自民党の公認を得られず、当時の社会党はこれまで対立候補だった本島さんを支援することを決め、自民党候補を破って当選したのでした。発言自体は至極抑制されたトーンであたりまえのことを述べただけと見えましたが、言及すること自体がタブーだったのでしょう。その中で長崎市長として勇気をもった発言だったのだと思います。

私は長崎市民ではないので選挙権はありませんが、今後も長崎市長は長崎市民の平和への祈りを言葉に変えて世界に主張し続けていただきたいと思います。上記の連載記事の最後のインタビューで、来年の60回平和祈念式典を集大成となるようなものにしたいということが語られています。「被爆者や市民、若い世代はもちろん、平和に貢献してきた内外の方々に参加してもらえるような形」というのに期待しています。私は式典の有効性を疑問視する記述をしましたが、「語り継ぐ」とう点だけでも意義のあるものと思うようになりました。
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by yoshihiroueda | 2004-08-11 03:00 | 平和への祈り
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