<   2004年 12月 ( 18 )   > この月の画像一覧
バックログ 2004年下半期
一旦宿題を整理して、残った宿題で新たな宿題リストを作ります。
2004年下半期 (9月から)  課題 31 (途中追加を含む) ◯ 12、× 19

新潟中越地震最新情報:
新潟中越地震 被災者救援本部@2ch Wiki
  -- 常に最新の情報のようですが、フラットになり過ぎていて切迫感が伝わってこないのが残念です。下記を御覧下さい。
中越元気村

シバレイさんのブログにイラク民主化国民潮流からのメッセージが載せられています。

ここではいつか書きたい話題を更新しています。
コメントやトラックバックに適切な場所がない場合もここへどうぞ。

More: 宿題リスト
[PR]
by yoshihiroueda | 2004-12-31 23:59 | ネット
コトバノチカラ(3) コノテーション
しまった。勉強足りないのに専門用語なんか使うんじゃなかった。大雑把なことを書きますので間違い等ご指摘いただければ幸いです。

言葉の本来の意味をデノテーションといい、言外の意味、付随する意味、想起される意味をコノテーションといいます。例えば「バラ」のデノテーションは植物・花としてのバラですが、コノテーションとして「情熱」という意味を持ちます。

言葉は普通最初はデノテーションだけで生まれ、使われていくうちにコノテーションが付加されていくのだと思います。もともとのクリーンな意味がだんだんいろいろなものを身にまとっていくと言うか、汚れていくというか、そういうイメージ。

例えば「リストラ」。もともとは「リストラクチャリング」で、「(企業の)事業構造を組み替えることにより、積極的に経営のあり方を変革させていく」ことでした。基本的には事業の軸足を変えることなので、縮小して立て直しということも含まれはするのですが、本来は前向きなイメージだったはずです。ところが、事業が苦しくなって当面のコストを減らすために人員削減するだけの場合も使う経営者が出てきました。良いイメージの言葉で実情を糊塗する訳ですね。さらにはピンポイントで退職を勧告したりクビにしたりする場合も使われるようになり、個人を主語にして「リストラされる」という使い方までされるになりました。こうなっては解雇の意味以外では「リストラ」という言葉は使えなくなります。

今は「構造改革」と言います。小泉首相がこの言葉を使い出したとき、私は、公務員の解雇をイメージさせるので「リストラ」という言葉を避けているのだと思いました。「痛みを伴う改革」もリストラなんだから痛みを伴うのは当然だろうと思っていました。会社でいうと従業員にあたる公務員も経営者である政府側も。ところが蓋を開けてみると痛みを伴うのは国民(会社にたとえると顧客+株主)だけという結果になりそうです。また、聖域を作らないとも言っていましたが、手をつけられているのは一部だけで、それらもみんな骨抜きになっています。これによって汚された「構造改革」という言葉も今後使うのに躊躇が必要な言葉になり、さらには新しい言葉が発明されていくのではないかと思います。

他の例としては、ネットでよく使われる「プロ市民」。私はすでに「ゴロツキ」という感じのコノテーションしか残っていない段階でこの言葉を知ったので本来のデノテーションを知らなかったのですが、当初はいい意味だったらしいですね。

こうやって言葉が使い捨てられて行くのですね。

いや、正しくは、まだ捨てられているわけではない。相手に対してその言葉でラベル付けをすることで、相手に対して悪いイメージを与えることができます。そのラベルが正しいかどうかはあまり関係がありません。読者の多くはそのラベルが本当なのかという検証をする時間を持っていませんので、とりあえずそのラベルが正しいものと判断して先へ進めます。検証する機会はその後二度と来ないかもしれません。マスコミも使っていますから(前回の記事参照)、一旦ラベルがつけられると、それを取り外すことは非常に困難になります。

皆さんにお願いしたいのは、このようなラベルを疑ってみてもらいたいということです。最初にそのラベルをつけた人は、何を根拠にそのラベルをつけたのか、その理由は正しいのか、また、ラベルをつけた人の意図はなんなのか。特に「テロリスト」、「ファシスト」、「抵抗勢力」、「プロ市民」、「ウヨ」、「サヨ」、「差別主義者」...

言葉を汚し、汚れた言葉を利用する人達。
たとえアカデミー・フランセーズが許してもこのuedaが許しません。

ああ、今年最後なのにきれいに終われませんでした。まあきれいに終わるより自分を出して終わるほうが良いかもしれません。窓の外には雪が... 汚い現実を覆ってくれています。って何を言ってんだ俺は。

来年もこんな調子で怒りを表明したり、バカをさらけ出したり、ウソ言ったりしますので、よろしくお願いします。
[PR]
by yoshihiroueda | 2004-12-31 13:29 | 言語とコミュニケーション
コトバノチカラ(2) 意図の伝達能力
"Boys, be ambiguous." クラーク博士です(ウソ)。

次回は、「あいまいさの少なさ」の予定と言っていましたが、もう少しストレートに「意図の伝達能力」としました。自然言語であいまいさが少ない?と訝しがる方もおられると思いますので。

ここでは、イメージ(動画を含む)と比較します。見えるものそのものなのであいまいさはないだろうとおっしゃる方も多いと思います。しかし、実体にはさまざまな側面があります。一人の人をとっても、性別、年代での位置付け、職業、その時点での行動や位置付け(「歩行者」、「被害者」など)、個人的関係 (「友人」など)、固有名もあります。文章中では、どれかのラベルを選択するか(複数かもしれない)は、伝える側がどう認識しているか、どう伝えたいかによります。これが「意図の伝達」です。映像ではそうのような解釈無しで見える情報は一度に伝えられます。この映像で伝えられないものは、それまでのストーリー中で分かるように説明しておく必要があります。

実体だけでなく行動も意味付けを与えることができます。映像で「人を押し倒している」ようにみえる行動は、暴力をふるっている場合もあるでしょうし、柔道をやっているのかもしれませんし、犯罪者をとりおさえているのかしれません。このため、フォトジャーナリストの広河隆一もジェームズ・ナクトウェイも、「写真にはキャプションは不可欠だ」といっています(DAYS JAPAN 2005年1月号 「報道とフォトジャーナリスト」)。

一旦このように伝達側がラベルをつけてしまうと、受信側はそのことに言及する際に違うラベルをつけにくくなります。違うラベルで言及した場合に混乱を招くからです。傍で聞いている人がいる場合は特にそうでしょう。最初にラベルをつけると後々までコントロールすることが可能になります。例えば「教祖」と名乗れば、たとえその団体が宗教的なものよりも利益追求集団というべきものであっても、「教祖」と呼ばざるを得ません。せいぜいかぎ括弧をつけて「自称」であることを示すくらいでしょうか。自分に対するものだけでなく、相手に対しても「抵抗勢力」等ということができます。

それが使われつづけると、そのそのラベルがその実体を指す正しいものなのかさえ問われなくなり、前提化してしまいます。「抵抗勢力」といったときに、理由があって反対しているという位置付けが失われ、改革に抵抗している = 既得権益を守ろうとしている = 国をくいものにしている人々という印象を持たせることが可能になります。

「意図の伝達能力」は、最初は話し手と聞き手、書き手と読み手の関係での話だったのが、そのあとまで影響を与えることができるのです。

次は「コノテーション」の話の予定です。
[PR]
by yoshihiroueda | 2004-12-30 23:50 | 言語とコミュニケーション
コトバノチカラ(1) 経済性
ご無沙汰しておりました。玉置宏です(ウソ)。ちょっと余裕がなくてサボっていました。

「言葉のもつ力を少しずつ考えたい」という宿題が残っていました。まず第1回目、経済性について書きます。とはいえ、これは普通に言われていることで私の独自の考えという訳ではありません。

言葉は記号です。無限の音を少ない数の文字(日本語だと濁音を含め約70種の文字)で表現し、その文字を組み合わせ数千から数十万語の単語を組み立て、その有限の単語で無限の概念を表します。日本語だと音(かな)と単語の間に「漢字」というレベルがあるといってもいいかもしれません。またその単語を組み合わせて複雑な事実、知識、思想を伝えます。

ここで「無限」と言っているのは、連続的になっているということで、いわばアナログです。それに対して人間の認知能力はそれらを十分区別出来るほど解像度は高くない。いや違いは分かるのですが、伝達できないということです。虹は連続に色が変化していますが、それを区別できないので七色と言うのです。そういう意味では「言葉はデジタル」と言えます。ちょっと普通に言われていることと違うので変な感じがするかもしれませんが。

伝達できないだけでなく、受け手も区別する必要ないということです。「赤は止まれ」という時の「赤」は、「青」、「黄」と区別できれば良いということです。正確に言えば波長で表すことはできるのですが、人間の感じ方も一定ではありませんし、その意味するところの本質が伝えられることが重要になります。

表題に「経済性」と書きましたが、記号化によって短いビット長で伝達できるという以上に、受け手が区別に悩まずにすむことで認識が速いと言うことが重要なのではないかと思います。

次回は、「あいまいさの少なさ」の予定です。
[PR]
by yoshihiroueda | 2004-12-29 02:39 | 言語とコミュニケーション
木村さん、それ冒涜ではなくて著作権法違反です
皆さん、こんにちは。竹中平蔵です(ウソ)。

徒然なる数学な日々(night_in_tunisiaさん)の記事「ひさびさにキムキム」からこのことを知りました。

木村剛さんが、週刊! 木村剛 の記事2004.12.23 「引用」は「リンク」に対する冒涜なのか?
で、
「引用」「転載」をコミュニケーションのツールとして多用してきましたが、こうした手法に反対の方々も少なくないようです。ネット界の重鎮の中には、「ネット社会に対する冒涜」と捉える方もいらっしゃるようで、ネット界もなかなかに難しいものだと感じさせられる今日この頃です。
と書かれています。

まだネットの世界がリアルの社会とは違ったものと考えられているのですね。特別なものではありません。ネットの世界は現実社会の一部です。現実社会のルール・法律は、うまく実効性を発揮できていない面もありますが、ネットの世界でも適用されます。

なにが問題なのか。たとえば2004.12.19の記事「ドン・キホーテ放火事件で本当に悪いのは誰?」では、ちょっと問題提起の文を書いて、ドン・キホーテの安田隆夫社長のコメントをまるごと転載しています。
おそらくドン・キホーテの安田隆夫社長は「冒涜された」とは考えないと思います。私が行った「転載」という行為については、逆に感謝しているのではないかと推察いたします。
とあることから、無断であることが分かります。

著作権法は「転載」が可能なものとして、「国若しくは地方公共団体の機関又は独立行政法人が一般に周知させることを目的として作成し、その著作の名義の下に公表する広報資料、調査統計資料、報告書その他これらに類する著作物」(第32条)と「新聞紙又は雑誌に掲載して発行された政治上、経済上又は社会上の時事問題に関する論説」(第39条)があります。安田社長のコメントはどちらにもあたりませんね。

また、第32条に引用の規定があり、「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」とあります。引用されたものになんらかのコメントをする場合でも「正当な範囲内」に限られます。ここではコメントも無く、全文ですから明らかにこの範囲を逸脱しています。night_in_tunisiaさんが指摘されているとおりです。引用に関しては、「著作権の話(3) 他人の権利を尊重する」を御覧下さい。

木村氏は、別のところでは
原典を明示した上で「引用」されることは、「情報発信者としての名誉」であって、まかり間違っても「情報発信者に対する権利侵害」にはあたりません。
と書かれていますが、これはおっしゃるとおり、「引用」ならば名誉である場合が多いでしょうし、権利侵害でもありません。しかし、木村氏の行っていることは「転載」です。

木村氏は「引用」と「転載」について分けて書かれており、ちゃんとふたつの違いを区別できているようです。しかし、ここでは「引用」の正当性で自身の「転載」を正当化しようとしています。

論理が分からないのでしょうか。それとも論理が分かった上で、読者を欺く詭弁を使っているのでしょうか。どちらにしろ真剣な議論をする資格はありません。切込隊長との論戦に関しては経済関係の法律に疎いので、どちらの言っていることがただしいのか判断をくだせないながらも、木村氏がちゃんと答えられていないと感じていました。こういう議論のしかたをみると、切込隊長のほうが正しいと言う確信が強まります。

木村氏は
出版物において護られる「情報発信者の権利」以上に、ネット上において「情報発信者の権利」が護られるべきとは考えていないからです。
と書かれています。著作権法に対する挑戦状ですね。

出版物はお金がとれる、ネット上の情報はタダ、ということと、権利の有無をごっちゃにしているのだと思います。

最後に。この文章の「引用」は著作権法に沿った形で自由に行っていただいて構いません。なお、「転載」はエキサイト社には既に許諾しています。
[PR]
by yoshihiroueda | 2004-12-23 15:20 | カルチャー
My 元気 Compilation
こんばんは。糸井五郎です(ウソ)。-- 追記: 「糸居五郎」の間違い。失礼しました。

以前の記事「ロックをもう一杯」のコメントで、「ちょっと違う視点でリスト作って見ましょうか。」と書きました。その宿題の提出として、元気にさせる歌詞をもつ歌を集めてみました。というか以前こういうテープを作っていたという恥ずかしい告白ですな。身体張ったネタは無理なのでこれくらいで勘弁して下さい。

Swing Out Sister "Breakout"
  -- 閉塞状況から飛び出せ

Sheena Easton "Modern Girl"
  -- 彼女は自分の世界を一人の男性を中心に築いたりしない。自分のなりたいものになる。

Pat Benatar "Invincible"
  -- 「無敵」!

Moving Pictures "Never"
  -- 心に羽を持たせないと絶対に飛べない。

Heart "Never"
  -- 上とタイトルをそろえてみました。

Donna Summer "She Works Hard For The Money"
  -- お金のためとはいっているが、働く女性に対する敬意、愛情が感じられる。

渡辺美里 "My Revolution"
  -- Breakoutに似ているかな。

香坂みゆき "気分を変えて"
  -- 歌っているところは見たことがないのですが、顔に似合わないパンチの効いた歌声。山崎ハコの作品なんですね。山崎ハコ本人の歌は聴いたことがない。

中森明菜 "十戒(1984)"
  -- 発破かけられます

来生たかお "楽園のDoor"
  -- 歌詞は以前紹介しました

南野陽子 "微笑みカプセル - Don't worry my friend -"
  -- 「はいからさんがとおる」のほうがよかったかな

BaBe "Give Me Up"
  -- こんなのいれてたら恥ずかしいな。この人たちどこいっちゃったんでしょ。

以上、うろおぼえのところもありますが、間違っていてもなんの問題もないですね。こうみると圧倒的に女性シンガーが多いですね。おっさんだからね。

あと、Paul Simonの"Gone At Last"、上々颱風 "張子の虎"、レベッカ "Love Passion" などもいいですね。

次は「切ないCompilation」の予定。って、おっさんはやめとけ。
[PR]
by yoshihiroueda | 2004-12-23 02:55 | カルチャー
ある北ヨーロッパ風?パン屋さんのキャッチコピー
おはようございます。虻川美穂子です(ウソ、それにそれ"北陽")。

宿題にしていた「英語添削」です。パンを入れてくれる袋に書いてあるので、パンを買ってきました。

全文引用しちゃいます。

Our little friend "TOMTE" use magical secret-power for delicious BREAD that.
Well enjoy in next morning. Children who living in NORTHERN EUROPE
tell us secret that use baken BREAD. Yes ・・・・・・・・ TOMTE's secret.
HOKUO as. BREAD country SAPPORO is very similar with TOMTE's land.

1行目

"TOMTE" -- 引用符をつけるのはやめたほうがよいと思う。
His name is "TOMTE"だったらいいけど
use -> uses
magical secret-power -- 冠詞をつけよう。この場合は"a"かな
secret-power -- これひとつが決まった言い方ならともかく、ここではハイフンは不適切。
for -> to bake
delicious BREAD -- 冠詞をつけよう。この場合は"the"
that. -- 次の行に続くのでピリオド削除

2行目

Well -> we'll (we will) 大文字で始めるのも直す
next morning -- 冠詞をつけよう。この場合は"the"
who living -> who are living

3行目: だんだん本来の意図がわからなくなる。

secret -- 冠詞をつけよう。この場合は"the"
that use... -- たぶん "that is used to bake bread"
baken -> baked たぶん "bake"の過去分詞のつもり

4行目: 修正不能。たぶん「札幌はパンを作る国としてトムテの国北欧と似ている」か「HOKUOのある札幌はパンを作る国としてトムテの国と似ている」
as. -- ピリオド削除
similar with -> similar to

とまあ、こんな感じでぼろぼろの英語がキャッチコピーとして使われているんですわ。私がものごころついたときから。いいのかこれで?

私の添削のほうがまちがっているとか、ここも修正すべきといったご意見ください。
[PR]
by yoshihiroueda | 2004-12-21 07:46 | 言語とコミュニケーション
顧客が作る「サービスの魅力」
こんばんは。出井伸之です(ウソ)。

はりーさんの「イントラブログ続き」にトラックバックしています。ちょっと前置きが長くなるかもしれませんがご勘弁を。

「収穫逓増の法則」という言葉がある。通常の製品は市場の規模が大きくなると投資額あたりの収益が減ってくる「収穫逓減の法則」に支配されている。一方、ソフトウェアやネットワークの世界では、規模が大きくなると製品/サービスの魅力が増し、ますます収益があがる様になる。

たとえばケータイ。持っていてもかける相手がいなければ魅力はゼロだ(テレビ電話はなかなか普及しなかったことを考えるとよいだろう)。かける相手がでてきてようやく魅力が発生する。それも数が増えればふえるだけ。かける相手が一人のときの通話量を1とすると相手のぶんもあわせて2だ。相手が二人になれって登場人物が3人になるとひとり当たりの通話量は2で全体では6、登場人物が4人で12となる。理屈では通話量は関与者の数の2乗にほぼ比例するようになる(もちろん限界はある)。

通話量だけでなく、サービスの魅力も増えてくる。2番目の人が加入する時に話せる相手は一人だけなのに対して、4番目の人が参加する時には3人の人に話すことができるサービスになっているのだ。

ネットワークゲームもブログも同様だ。ネットワークゲームのユーザが増えればログインしたときにいいパーティを組める確率は高くなる。戦利品の取り引きも容易になる。ブログでは読める記事が増えるのに加え、コメントの数も増えてくる。これらは直接エキサイトの収益につながっている訳ではないが、エキサイトブログの魅力の逓増には寄与している。

さて、表題に「顧客が作る」という修飾をいれた。これは、サービス提供会社よりも、それを使う顧客自体が魅力を作っていると思うからである。数だけでなく顧客の質が。

ただこれは「収穫逓増の法則」が働かない世界のときからもあったものだ。例えばクラブや碁会所。気の合う仲間が集まるからそこにいく。行儀の悪い人たちのたまり場になっちゃうと行く気が失せる。ケータイやネットワークゲームもブログではもっとその側面が強いのではないか。特にブログは、愉快な仲間達がいるというだけでなく、面白いコンテンツを日々生産してくれるのだ。それに対してエキサイトができることは、ゲストブログを盛り上げたり、コンテストを開催して賞を出すくらいしかないように思う。インフラ整備もあるがこれはお客さまを逃がさない程度の効果しかないと思う(特にどのプロバイダーも十分な品質が提供できようになったら)。

やっとはりーさんの話とからんできます。
だが、ブログに限らず、コミュニケーションとか情報処理という分野では、ツール自体が持っている機能よりも、ユーザーやネットワークによる創発にこそ意味があり、キャズムを越えられるかどうかは、この意識をどれだけ広められるか、に依るのではないだろうか?
そう、魅力はユーザとそのコミュニティの中にあり、それを知ってもらわなければならない訳だ。

逆に、テクノロジーには疎くとも、そういう意識改革やコミュニケーションの重要性に気付いている人も居る筈で、そういう人達を掘り起こしたり繋ぎ合わせていく為にブログを使う、という方が目的に適っていると思う。
御意。

また、仮にブログ活用で何らかの効果が出たとして、どのように評価するのか? 個人のバカ話と違って、業務に有効なコンテンツを書くというのは相応の工数が掛かる。それに対して何の報奨も無かったら果たして書く人は増えるのか? 評価するとしたらどうやって?
人は報酬だけで動いているのではない。今金にならないブログを書いているモチベーションはなにかというと、読んでくれる人がいるから、コメントしてくれる人がいるから、評価してくれる人がいるから、誰かに(いい)影響を与えているという実感が得られるからだと思う。会社でも同様じゃないかと思うのだ。会社に必要なのは、ブログを書くことをサボっているとみなさず、知識の展開・創発とみなし奨励すること(この点は、はりーさんが「イントラブログ その3」 で書かれています)。金銭的な評価は無くとも社内の賞賛が励みになる。甘いかな。
[PR]
by yoshihiroueda | 2004-12-19 01:06 | ビジネス
市場に残る資格
お客様は神様です。こんばんは。三波春夫でございます(ウソ)。

その1

いくつか通販ショップからのメールマガジンを取っているのですが、先日そのうちのひとつが「重大発表があります」というタイトルだった。記事の中身をみてもあまり書いておらず詳しくはサイトをみてくれとあり、事業撤退か店長辞任かと思った。実際の文面は覚えていないのだがが、そんな雰囲気をただよわせる文面だったということ。サイトへ行ってみると...

当通販ショップがXX周年を迎えました!

って書いてある。これがその重大ニュースだったらしい。

速攻メルマガ登録解除しました。これまでここで何回かカニを買ったことがあったんですけどね... 「クレームを出す人は不満をもつ顧客の4%。多くは何も言わずに去っていく」といわれていますが、そのことを知らなかったんでしょうね。

その2

固定電話の基本料金が安くなるという電話が日本テレコムからかかってきたらしい。これかな?

Cnet 2004/08/30
「NTTの基本料は不要」--ソフトバンクグループ、独自通信網を使った固定電話事業を開始

しかし、ADSLを使っているのが分かった途端に電話を向こうから切ったという。これじゃマンションの勧誘と同じレベルだ。テレマーケティングには代理店を使っているのかもしれないが、そういうことは客は気にしない、すなわち、日本テレコム自体が社員教育できていない会社だと思うだろう。私のように意地の悪い客は、ソフトバンクが親会社だからな、日本テレコムに加入するときっと顧客情報流出するだろうなと思う。

お客様を大事にすれば収益が上がるわけではないが、大事にしなければ会社の存続も危うい時代だということは認識する必要がある。

次は「お客様に媚びない」ということを書きたいと思います。
[PR]
by yoshihiroueda | 2004-12-18 03:09 | ビジネス
ホームメイドCM
こんばんは。ボノです(ウソ)。ぼのぼのじゃないぞ。

こんな記事がありました。

Wired News 2004年12月13日『iPod』ファンが自主制作したCM、ウェブで話題に

これです (元リンクが切れていたのでYouTubeで見つけました)。



びっくりするほどすごいというわけではありませんが、素人が作ったといわれれば、なかなかのもんだと感心させられます。iPodを重ねてスペクトルを表現しているところなどはアイデアの勝利だと思います。
専門家の中には、マスターズさんのCMは広告の未来を示唆するものだと見る向きもある。ちょうどウェブログ (ブログ) がニュース報道に変化をもたらしているように、個人制作の広告がマーケティングにおいて大きな役割を果たすようになるというのだ。
とありますが、どうでしょうね。

たしかに、写真/レタッチ、映画/ビデオ/リニア編集、楽器/カラオケ/DTM、ワープロ/DTPなどさまざまな分野でプロしか手にしなかったものがアマチュアにも容易に手に入るようになってきました。そしてそれらは、我々の潜在的なクリエイティビティを刺激し、文化の裾野を広げています。ただ鑑賞するので満足していたのに対し、作るのが楽しい、発表するのが誇らしい、評価されるのがうれしいという変化が多くの人に広がりつつあります。

クリエイティビティという面ではCMもひとつの表現分野です。短いということで、映画には手を出しにくかった人も手を出しやすいのかもしれません。短い中にアイデアを詰め込むのも腕の見せ所だと思います。

ただモチベーションという面ではどうなんでしょうね。アップルやホンダみたいにコアなファン(エンスーとかいうのかな)をひきつけているところは期待できるかもしれませんが、そんなところめったにないですよね。コンテストでもやればいいのか。そういうえばキャッチコピーやネーミングの募集はこれまでありまたね。ライブドアの球団名とか(なぜジェンキンス?)。

CMファンとしては今後期待したいところです。
[PR]
by yoshihiroueda | 2004-12-18 00:40 | カルチャー