ロスジェネがなかったので...
... こんなのを買ってきました。8日、日曜日のことです。

晋遊舎ムック m9(エムキュー) Vol.1
4月26日発売だったんですね。全然気づいていませんでした。

◆【特別対談】小飼弾×赤木智弘/希望は「戦争」か、「テロ」か?弱者は団結するな! 散開しろ!! 

一方のロスジェネ

【対談】 僕らの希望は「戦争」か「連帯」か
    赤木智弘(ライター)×浅尾大輔(作家・本誌編集長)

とりあえずの代替と思ったけど、「戦争」と「テロ」、「連帯」と「散開」、比較するといいかもね。

で、m9の特集は、これ。

◆特集「激論」格差・ニート・ワーキングプア

そして、これを買ったのは8日、日曜日。そう、この日です。

通り魔:東京・秋葉原で7人死亡、10人重軽傷 トラックではね、次々刺す (AFP 2008年06月08日)

昔だって格差、貧困、彼女できない、はあっただろ、みんなそれぞれ解決はできなくとも折り合いをつけて生きてきたんじゃないの、甘えるんじゃないよ... と思うところなんですが、その後の報道や、ブログ記事や、そしてこのm9を見ていると、単純にそう考えていては何も解決しないなと思うようになってきている。いやもちろん許されることではないのはわかっているけれど、むしろ許せないと思う気持ちが強いのだけれど、それを「許せない」で終らせてはいけないという声が聞こえてくるのだ。

最後になりましたが、亡くなられた方のご冥福をお祈りします。亡くなられた方の命の重さは同じだということはわかってはいるのですが、被害者のご老人を介護しようとして背後から刺された武藤舞さんのことは特に心が痛みます。

■ 関連記事

にぶろぐ 2008-06-05 「快楽としての戦争、かあ」
にぶろぐ 2008-05-08 「格差に関して」
ダーサの一夢庵 2008-06-11 「もやもや」
about ・ぶん (ぶんさん) 2008-06-11「考えさせられた記事」
  -- 雨宮処凛さんの引用
その行動が正当化されるはずもないのは言うまでもないこと、だからこそ、「なぜ」を問うことが何よりも必要なのではと思います。
『それを「許せない」で終らせてはいけないという声』はここから聞こえてきたのか...

内田樹の研究室 2008年06月11日 格差社会論(再録)
404 Blog Not Found (小飼弾さん) 2008年06月11日 「フェア(Fair)って何(のため)?」
何かごにょごにょ言ってます 2008-06-10 【秋葉原無差別殺傷】人間までカンバン方式
  -- 「折り合いをつけて生きてきたんじゃないの」と書いたけど、人とのつながりがあったからできたということかもしれない。
CLick for Anti War (九郎政宗さん) 2008-06-11 「すべての虚構の、現実に対する敗北」
  -- 結果として2ちゃんねるは、今回の事件を止められなかった。俺はそのことを情けなく思う。
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by yoshihiroueda | 2008-06-11 23:58 | 社会 | Comments(4)
Commented by bs2005 at 2008-06-12 04:10
TB有難うございます。また、文中リンクまでして頂き光栄です。10万回ヒット、おめでとうございます。

本当に無残でやりきれない事件でしたが、犯人が何度もネットに送信していたのも、彼は自分の起こそうとしている凶行を誰かに止めてもらいたかったのではないかと感じました。限りなく残虐な事件でしたが、今までの劇場型犯罪とはちょっと違うような、、。

心のブレーキが効かなくなった犯人によって被害にあった人々、、、その人達も色々苦しみ、悲しみを日々乗り越えながら、或る時は人の苦しみにも寄り添いながらの毎日の中でふと訪れた秋葉原での事件であろうことが尚更つらいです。

詳しいことは知りませんでした。武宮舞さんは誰からも好かれた方と皆が言ってられたようですが、かばって亡くなったとは、本当に心が痛みます。

亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りします。
Commented by sprewell8_daisuki at 2008-06-12 11:30
この事件、いろいろと考えさせられますが、「他人事じゃないな」と思った人も居るのではないかと思いました。
格差が大きくなって、解雇の影におびえながら仕事をしてる人も多いでしょうし、耐え難いほどの孤独を抱えてる人も多いと思います。
そういう人に対して「自分が悪いんでしょ」と言い切れてしまう若い人も多いみたいですし・・・。
嫌な世の中ですよね。
Commented by yoshihiroueda at 2008-06-13 07:02
★ ぶんさん、
ネットに救いの手を求めていたのかもしれないけど、救いの手を差し伸べようとした「友だち」にも心ない言葉を返していたんですよね。その「友だち」(九郎さんのところに少し書かれている) も無力感で落ち込んでいるのではなかろうかと心配です。
おっしゃるようにみんな悩み苦しみを抱えて生きている、そういうことに思いがいかないようになってしまうのも悲しいし、「社会のせい」って昔から使われてきた言い訳が、言い訳と切り捨てられないような気がしてきています。
Commented by yoshihiroueda at 2008-06-13 07:13
★ すぷりーさん、
「格差に関して」で紹介したグレアムがいうように、格差があってもその底辺も昔に比べたら豊かだというのはあるのだとうは思うのですが、その絶望感は昔と比べようもなく大きくなっているのだと思います。「勝ち組」、「負け組」の言葉には、それらの区別が固定化されたようなイメージがありますし、最初に正社員になれないとそれが固定化されてしまうというのは現実であると思います。
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